A子の家は母親が運営する、食料品から多少の事務用品、なんでもありの個人雑貨商店であった。
「あらー昭子ちゃん来たん。おばちゃん待ってたん。A子から話聞いてたん。どうぞお入り」
昭子はA子に従い、商品が陳列されている通用路を抜け母屋へと導かれた。
「たいしたものはないんだけど」そう言いながらA子の母はお盆に商品のラムネと乾パンを載せ「これでも食べへん」と差出し、昭子ははにかみながらも「おばちゃんありがとう」と受けた。
母親はA子たちにかまけている暇はなく、すぐさま去る。「ねえ昭子ちゃん、これ食べてからにせん」
品不足の時代、昭子にとっても嬉しいおやつ。二人の意はすぐに一致。まず昭子がグイとラムネを一口、甘酸っぱく喉に染み入る快感、ひとしおのものがあって、思わずA子を見入る。A子も同じくグイ飲みの爽快な刺激に嬉しい笑顔で一致。
すかさず「昭子ちゃん、私お店やさんごっこしたいん。いーい、やろうよ」A子は昭子を見つめ口説くように言う。
「私、いいんだけど、どうするのか分かんないん。家ではねいつも一人勝手にオルガン弾くのが好きなん。それにおばあちゃんと二人きりが多いんよね」だから分からないの、と言わぬばかり。
「昭子ちゃん、あんたの家(うち)オルガンがあるん」意外な顔つきでA子は昭子を見つめる。「あんたの家(うち)金持ちなんね、知らんかった。いつ買ったん」
「私小さい時、お父さんが買ってくれたん」
「弾くの誰に習ったん」
「お母さんから、お母さん学校の先生なん。だからオルガン弾けるん。それにお母さん歌も好き。お父さんと一緒に、歌、歌いに行くこともあるん」
A子の両親は商売、昭子の両親は教員。子供の遊びにもその影響はもろに反映されていて、二人の出会い、先行き関係の不透明さはあっても気心の触れ合いはあるにはあるもので、その上にA子は三人姉妹の長女、昭子は一人娘、言動の采配を大人に委ねてきた昭子にとって遊びの先導をA子が握り気味に進むのも自然の成り行きであった。しかし、実際には芯の強い昭子。学級委員長B子からいじめの仲間はずれにあい、A子との関係も崩れてしまうことになるのだが、それにもめげず、むしろオルガンがうまくなり見返してやる。そういった気概をつのらせる昭子であった。