期間は一週間、中間部の連打、なんといっても52小節目の片手オクターブはちっちゃな手には音間が離れて広過ぎ、それでいて32分音符と続く早いパッセージは、昭子にとっては弾きこなすに難関な部分であった。
これまで、他の人がピアノを弾くのを気にしたことはない昭子であったが、成り行き上とはいえ、“自分の得意とする曲”、B子が何の曲を弾くのか、気になる昭子であった。
魅了できる曲、昭子にとって背伸びしなければならない部分はあったが、一週間という期間は彼女に希望をもたらしているのだった。
すでにオルガンは昭子の熱心さと2年生のとき、せい先生のピアノレッスンを受け始めたことによって、ピアノに買い替えられていた。
当然、両親の教育熱心さと音楽に対する本気さからで、物事の成就に親の影響は大きく、昭子がピアニストに至っている今日、その影響は否めない。それにもともと教育者の両親である。
最初から昭子にピアニストを夢見ていたかどうかは別としても、彼女の好きさと熱心さに尋常にない希望は抱いていた。
昭子のちっちゃな手に難しいオクターブ、弾きこなすについて彼女はせい先生に尋ねる。
「そうね、この部分ね」先生はピアノ譜面台にのせられた楽譜を指差し、「作曲者が敢えて書いている音符なんだから……。それにクラシック音楽の作品は作曲者がひとつひとつの音を考え抜いて書いているんだから、自分の手に弾き辛いからって、音を勝手に変えたり、抜いて弾くってわけにはいかんよね。しかし、昭子ちゃんが言うように、あなたがどんなに手をいっぱいに広げても、届かないものは届かないんよね」
先生は着席している昭子を立たせ、代わって自分が座り、その前の小節から弾き始めた。問題のX音のオクターブ重音の下、X音を親指で弾いたかと思うとパッと小指でその1オクターブ上のX‘音に飛び跳ね上がり弾いて見せた。
「こうすればいいのよ」と昭子を見やり「昭子ちゃんならちょっと練習すればすぐにできるようになるんとちゃうんかね」……「それよりも学級委員長との比較、先生はきっと昭子ちゃんに決まると思ってるんだけど、そうは言っても先生は学級委員長の子がどれくらい弾けるのか、全然分かってないんだもんね。昭子ちゃん聞いたことあるん」
昭子はない、と首を横に振った。