弾く手を止め、説明に聞き入っていた昭子は作品の内容の深さに改めて感嘆するのであった。再びピアノレッスンは始められる。
低音を、優しいスタッカートの連続伴奏形で弾き始め、中間楽節を挟み、可憐なリズムで始まる主題、ニ長調、中間部。
「杉谷さん、この低音、中間部の主題を踏襲し始まる後半楽節2部形式。オルゲルプンクトはこの作品の基盤をなす大切な部分で、主題に対する単なる伴奏として弾くのではなく、そうね、命の源、地球の胎動、万物の朝明け、そういったイメージをもって弾かなくてはならないの。また音と音との間に無い音の表現、音楽表現の心髄はそこにこそある、とまで言われているほどで、ですから本当の表現の大切さはその空間をいかに造り出すか、そういった所にこそある、とまで言われているのよね。」
昭子に先生の言われたその核心がどの程度把握できたかは分からないにしても、彼女は繰り返し弾き始めた。
ピアニストになれる者だけが、潜在的に生まれ備えている演奏風格、すでに昭子にはあった。そして、先生の助言はさらに彼女の意識を高め、オルゲルプンクト(持続低音)による作品の下支えを活き活きと勢いづかせ弾く。その持続低音に乗って現れるテーマ、のどかなメロディー、昭子にとってこれまで観た洋画や映画での風景と重なり合い、留学の気持ちをさらに高めてゆくのだった。