3/30に開催されたパーヴェル・ネルセシアンピアノリサイタルについて
ピアニスト 内藤晃先生からコンサート評をいただいたので掲載させていただきます。
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知る人ぞ知るロシアの名手パーヴェル・ネルセシアン(1964-)の日本公演は、かねてから彼と親交のある山口県の調律師、松永正行(株式会社松永ピアノ)が主催。松永が所有するスタインウェイD型(松永が製作したオリジナル・アクションを搭載したもの)を山口から東京文化会館に持ち込み、独自技術の“時間差調律”を施す。松永にとって、最高の演奏者を招き自身の音の美学を世に問う場であった。
プログラムは、シューマンの《ウィーンの謝肉祭の道化》Op.26、プーランクの《ナゼルの夜会》FP84、ラモーやクープランのクラヴサン小曲を経て、シューマンの《謝肉祭》Op.9で締めるというもの。《ナゼルの夜会》《謝肉祭》は、音による“友人たちの描写”という点で共通の精神をもった作品であり、“謝肉祭”にまつわる2作品、というもうひとつの軸とともに、プログラムに有機的な繋がりをもたせている。
ネルセシアンのピアニズムは躍動感にあふれ、鮮度の高いタッチが聴き手をわくわくさせる。ピアノの音の輪郭がくっきりと澄み渡る感覚は、松永の整音のなせるわざでもあるだろう。この楽器のもつ透明な色彩は、ネルセシアンの音楽性と見事に融合していたが、演奏はすこぶる開放的で、シューマン特有の秘めやかさ、内的な熱さには乏しい。当夜の白眉はユーモアを滲ませた《ナゼルの夜会》で、ネルセシアンは作曲家の斜に構えた視点に寄り添って颯爽と表現。楽器も奏者の繊細な要求に応え、プーランクの精妙な和声の色彩を十二分に表出し得ていた。ピアノの余韻成分の絶妙な色彩感には、松永の“時間差調律”も少なからず寄与していると思われる。アンコールで奏されたチャイコフスキー《四季》からの2曲(〈舟歌〉〈クリスマス〉)は、時勢柄、平和への祈りのように響いた。
2022年3月30日 東京文化会館 パーヴェル・ネルセシアン ピアノリサイタル
(文:内藤 晃)
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