持ち前の愛らしい笑みを浮かべ、軽く会釈の礼をしめされた。
「ところで昭子ちゃん、貴女、聞き覚えで、なんでも弾いちゃうんだってね.お母さんから聞いたわよ.
なんでもいいから、ちょっと先生にも聴かせてみてくれない?オルガンで弾くのとは違うかもしれないけど、これからのレッスンでは、いずれにしてもピアノなんだから」
昭子は頷き、確認するかのように、ちらりと母に視線をむけ、二台のピアノのどちらを弾いたものか、聖先生をみやる。
察しられ、聖先生は、
「昭子ちゃん、どっちを弾きたい?貴女のすきなほうで、…。」
と。一見おとなしそうで、控えめにみえる昭子ではあったが、その実、芯は強く求めるものに対しては貪欲ささえある子であった。
目前の二台のピアノ。母を、聖先生を見、承諾を得るしぐさをすると、スッとグランドピアノの前に進み、ひとさしゆびでこれを、と弾き始めた。
ド・ラ・ファ・・ラ・ド・ファ、と2オクターブ離れの同音で5対1の鋭いリズムではじまる旋律、『熱情』。
聖先生はこの子にして、と内心意外な驚きにも似た意外な気分を抱く。そんな先生の胸のうちなど、知るよしのない昭子は、
子供ながらの得意気に、これ見よがしかに弾き進む。言っても難曲、こどもの昭子に弾き応せようはずのない難曲である。
弾き応せようはずのない部分にさしかかると、音をこぼしながらの苦戦進行。
「昭子ちやん、わかりました、有難うね。これから、レッスンによってきちっと弾けるようがんばりましょうね」
先生は優しく制され、母静子と今後につき、レッスン日、教材、月謝など、細々と話し合い、事はすまされたのだった。