それにしても、聞き覚えと楽譜のおねだりのみでレパートリーを増やしてゆける、仕上げは別にしても、尋常にない能力を秘めた子であることは確かなことであった。
そうであったが故にか、与えられこなさなければならなかったバイエルはつまらなく、いっときも早く仕上げてしまうべく、思いをきりかえた昭子であった。
初回レッスン日。
「いらっしゃい、お待ちしてたわ・・。このまえ昭子ちゃんが弾くのを聴かせてもらって、先生、ちょっと教えるの、楽しみになってきてたの。
好きだ、とは言ったにしても、聴き覚えだけであんな難しい曲を弾くんですもの。大人でも難しい曲ですよ、熱情は」
「すいません」
母、静子は割って入り
「昭子がラジオを聴いてて、『あの曲、弾きた〜い、お母さん楽譜買ってきてー』って、ねだるもんですから。」
「それにしてもお出来になられるお子様ですね。楽しみじゃないですか」
「昭子ちゃん、それでは始めましょうか」
昭子はバイエルピアノ教則本を譜面台に広げ、椅子に腰掛け、弾きはじめようとする。
「ちょっと待って、そんな鍵盤の上に覆い被さるような姿勢ではく・・」
先生は言われながら昭子に近づき、頭と背に手をやり、矯正された。
「それに・・、昭子ちゃんの体格からすれば、椅子をもう少しピアノに近づけないといけないわね。
しかし、深くこしかけてはいけないのよ、半分くらいかな。それから、指は手のひらに卵を一個、包み持つ、
そのような形にすれば指先で鍵盤をうちつけ音を出せるわね。そうして弾くのよ。」
つまり、ハイフィンガーという奏法で、昭子が後々憧れの美しい音色を求め出せるハーフタッチ奏法とは大きく異なり、矯正に苦労することになる。