田園のソナタ(12)

 

聖先生は、昭子の母親が教員であり、
彼女の能力からしてバイエルピアノ教則本を最初からさせるには無駄がありすぎる、
そのことを踏まえられ、
「昭子ちゃん、貴女にこの教本を最初からさせるのでは無駄がありすぎることになりそうね」
そう言って近づき、広げられた本のページを、パラパラっとめくり54番を指さし、
「ここからちょっと弾いてみて…、」と促がされ、自分はもと座っていた椅子に腰掛け直された。

昭子は右手人差し指、つまりピアノでは2の指でド、左手ではそのオクターブ下、八分休符を置きドミソ、と弾き始めた。
その五小節目からは低音部記号が出てくるのだが、これも昭子は間違えることなく弾きこなした。
抱かれていた聖先生の僅かな疑念は無くなり
「昭子ちゃんどぅかなって思っていたんだけど、ヘ音記号もちゃんとわかってるのよね、
『お母さん、学校の先生なんだもーん』ですよね。
その上、昭子ちゃん音楽好きときてる。先生、教えるの益々楽しみになってきたわ」と気をいれた。

こうして始められたレッスン。これまでにも好き、
と産まれ備えた能力で弾ける曲は自由に弾いていただけに、
バイエルは昭子にとって変化の乏しい単調なつまらない教則ほんでしかないのだった。
しかし、こなさなければならない教則本であることを自覚する彼女は、
持ち前の能力に物を言わせ、いっときも早く、仕上げてしまおう、と決めこむ・・

「昭子ちゃん、貴女、お母さんは学校の先生で音楽好き。
貴女もその筋を引き、と言うか似てて音楽好き、
それで、あえて今ここにピアノを習おうときてるのよね、と言うことは、
なんとなくではなく、弾けるようになるための基礎テクニック、楽典というか楽譜も
きちっと読みこなせるようにならなければならない。
そのための教則本として、先生はバイエルピアノ教則本は内容の伴った良い本だと思うの、だから・・」

ピアノレッスンについて、まずはバイエルを、と決め込まれている聖先生ではあったが、
始めて昭子の進度の凄まじさに、通常にない能力をいだかれるのだった。
基礎的練習曲のリズムやメロディー。両手の協調による複雑になった指使い、
そのメロディやリズム、さらに音域も広まってテクニックも高度となるのだが、昭子はなんなくこなしあげる。

スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

ピックアップ情報
おすすめの記事